11月

2019/11/11

昭和二十九年東京国立博物館内で催された三斎公三百十年忌を機に、細川護立様より祖父 森山祥山は三斎家元の認可をうけました。
昭和五十年道統は父宗瑞に、更に平成六年第二十代家元として母宗育に細川護貞様ご夫妻 により盛大な家元継承の式が催されました。
私は父母宗瑞・宗育の長女として出雲に生をうけ、祖父祥山より三歳のときに茶道の手ほ どきをうけました。
平成元年、利休四百年忌に際しては勅使河原宏監督によって製作された 映画「千利休」での細川三斎役(中村橋之助)には茶道の演技指導も致しました。
現在は三斎公の生地京都に家族とともに住む縁をえて、関西地方にて利休流の茶道を最も 忠実に伝えているといわれている 三斎流の茶道を更に広めてゆくべく精進につとめております。伝統あるお茶を一服召され ますようよろしくお願い申し上げます。

系譜

流祖 細川三斎(与一郎、忠興)
 正保二年十二月二日没 八十二歳、法名・松向寺殿前参議三斎宗立大居士

二代 一尾伊織(一庵、徹斎、宗硯、照庵)
 初め三斎の巨佐藤将監に、のちに三斎に茶を学ぶ
 元禄二年三月十三日没 九十一歳、門人に稲葉正喬、祐甫

三代 稲葉正喬(正倚、含章、含翠、容軒)
 駿河守大番頭禄高七千石、著「一庵口儀」
 正徳四年八月二十七日没 六十八歳、法名・天理院了翁元心大居士

四代 中井祐甫(有隣斎)
 初め秋元但馬守に仕え、のち有馬玄蕃守の家臣となる
 一尾一庵、稲葉正喬に師事

五代 志村三栄(三休、無事庵、不遠斎)
 旗本で幕府の茶道、白隠禅師に参学、著「茶道伝心録」
 宝暦七年三月三日没 五十七歳

六代 荒井一掌(三郎兵衛、古帆、一青、宗音、閑市庵)
 白隠禅師に参禅、出雲へ三斎流を伝える
 文化元年八月八日没 七十八歳、法名・閑市庵一青古帆宗音居士
 弟子に松江藩家臣、林久嘉、高井草休等がいる

七代 林 久嘉(宗智、宗順、春皎、一放軒、閑々庵)
 松江藩侍医、大嶺和尚に参禅、一掌が松江藩在中は林家を拠点としていた
 寛政三年九月二十日没 六十七歳

八代 高井草休(又右衛門、長太夫、宗雪、米中、真祇、閑中庵)
 松江藩家臣、寛政九年十一月四日没 六十九歳
 法名是・是真院艸林自材居士 松江市内中原町大雄寺に葬る

九代 観月庵恵海 観月庵一世(宗顕、得々庵)
 松江市普門院住職、松平不昧の指示により観月庵造営する
 文政六年六月二十日寂

十代 無所得庵円龍 観月庵二世
 松江市白潟天満宮境内松林寺住職

十一代 得故庵恵教 観月庵三世
 安来市清水寺蓮乗院住職、古材を以て古門堂を造る
 天保十四年十月三日寂

十二代 制心庵真浄 観月庵四世
 安来市清水寺蓮乗院住職、明治四年十月七日寂

十三代 花月庵教好 観月庵五世
 安来市清水寺蓮乗院住職、明治八年八月三十一日寂

十四代 新々庵得忍 観月庵六世(叡俊)
 松江市普門院住職、同院内に新々庵を造る
 明治二十六年十二月十八日寂

十五代 橋本庵梅屋 観月庵七世(久保田松太郎)
 松江市川津町住、大正二年三月三十日没

十六代 栖翠庵宗七 観月庵八世(木村宗七)
 松江市川津町住、大正六年一月十日没

十七代 郎庵宗世 観月庵九世(渡辺久治郎)
 境港市住、昭和十一年二月五日没
 八十七歳 法名・寿昌庵観誉春月宗世居士

十八代 観翠庵祥山 観翠庵初代(森山久太郎)
 出雲市今市町住、細川家より家元許可を受ける、出雲市観音寺境内に
 三斎流道場・観翠庵(忘路軒、松霞亭)を建立
 昭和五十二年二月十七日没 法名・観翠庵祥山普済居士

十九代 祥峰宗瑞 観翠庵二代(森山佳朋)
 出雲市今市町住、妙心寺管長山田無文老大師について得度参禅する
 昭和五十年十月 三斎流道統を継承
 平成六年十月二十五日没 五十九歳、法名・観翠庵祥峯宗瑞禅士

二十代 観庵宗育 観翠庵三代(森山育子)
 出雲市今市町住 祥福寺管長河野大通老大師より安名拝受
 平成六年十二月三斎流道統を継承

二十一代 斗南宗浦 観翠庵四代(森山充)
 出雲市今市町住 建仁寺管長小掘泰巌老大師について得度参禅する
 平成二十二年十一月三斎流道統を継承し家元に就任する